戦後の苦難が続く時代、手頃な値段のおいしい酒が多くの人の手に届くよう、焼酎の蔵としての道を選んだのです。そうして発売された本格米焼酎「躍進」は、国東の味として長く地元の人々に愛されました。
30年ほど前、5代目当主、勝之を中心に、当時人気が上昇していた麦焼酎にいち早く参入。
本格麦焼酎として「とっぱい」を発売します。蔵ひとすじに愚直に造り続けた焼酎は、まろやかですっきりとした味わいで、一度味わえばほかの焼酎には戻れない、と言わしめるほどの評価を得ています。
趣きのある母屋に掲げられた「とっぱい」の暖簾。
この母屋は小売業も兼業していた時代のもの。
上に書かれた意匠は創業からの屋号「喜納屋」を表す。
酵母で発酵している麦。
粒の大きさが均等な大麦を選んで仕入れている
蔵に並んだ「とっぱい」に「手作り本格麦焼酎」のラベルを貼る
こうして若者は許され、酒のうまさに感心した神様は皆に褒美をあげました。以来この神様は「とっぱい(十杯)様」と呼ばれて地元の人々に親しまれました――
これは、南酒造の地元安岐に伝わる昔話です。「とっぱい」はこの神様にちなんで命名されました。熟達した職人が、1本1本丁寧に造る「とっぱい」は大量生産ができません。正直、今ならもっと高い値段でも売れるでしょう。
しかし、商売がきびしい時期にも支持していただいた多くの人々のために、これからも高くはしたくない、と南勝之は言います。この心意気は、まさに「とっぱい様」に通じる温かさと言えます。
南酒造の商品には2年ほど寝かせた20度と25度の「とっぱい」のほか、特に出来のいいものを粗濾過で5年寝かせ、創業以来の屋号を名前に冠した「喜納屋」がありますが、これも出来映えに納得しなければ発売しない年もある、というこだわりようです。
5代目が定めた7條の社訓の中に、「大事業は力量によりて成就するに非ず忍耐によりて成就するものなり」というのがあります。時間はかかっても、ひとつひとつの作業を丁寧に行い妥協のない商品を造ることがすべての答えである、これが南酒造の信念です。